「蜃気楼」という現象をご存知だろうか?海水の温度と大気の温度に極端な差異があると、光が屈折し、遠方の風景が見えることがあるらしい。日本では富山湾の蜃気楼が有名である。
基本的には海に面した都道府県でしか見られない現象なのだが、実は海なし県である埼玉県でもご覧いただくことができる。場所は埼玉高速鉄道 埼玉スタジアム線 浦和美園駅、まぼろしのように見えるのは、今日ご紹介する「埼玉スタジアム2002」だ。
63,700人収容、日本一の規模を誇るサッカー専用スタジアムは、なんとも面倒な場所に鎮座した奇妙なスタジアムなのだ。
アクセス
埼玉スタジアム2002の最寄り駅は埼玉高速鉄道「浦和美園駅」になる。東京メトロ南北線、東急目黒線と直通で、浦和美園駅の1駅前にある東川口駅ではJR武蔵野線とも接続している、交通至便と言って問題はない。しかし、問題は駅を出てからだ。
浦和美園駅の改札を抜けると、早々に埼玉スタジアム2002が見えてくる。初めてここを訪れる人は「なんだ、意外と近いじゃないか。」と錯覚してしまうのだが、10分後にはそれが間違いであると気付かされる。歩いても歩いてもスタジアムに近づいている感覚がないのだ。
6万人を収容するとなるとスタンド自体もバカバカしいほど巨大で、遠くからでもハッキリ見えてしまう。だから誤解し、混乱することになる。周りには高層建築物がなく、ただただ埼玉高速鉄道の車両基地に沿って北へと歩くしかないという侘しさ。この苦痛はなかなかこたえる。
歩いて歩いて歩き続けて、ホントにスタジアムに着くのか?と考え出した頃に、ようやっとスタジアムの南ゲートが見えてくる。
南ゲートからアウェイスタンドに入る道すがらもかなり独特だ。浦和レッズのサポーターはサッカーを観るという文化に成熟していて、良くも悪しくも熱狂的。彼らとアウェイサポーターが接する機会が無いよう、細心の注意を払わないといけないのだ。
と、ここまで酷評してはいるけれども、東京23区内から電車一本でスタジアム最寄り駅にたどり着ける立地は評価しないといけない。よって評価は星3つとした。
スタジアム
パナソニックスタジアム吹田などというバケモノが存在しているため星4つとしたが、どこからでも臨場感あふれる試合観戦ができるサッカー専用スタジアムは希少種で素晴らしいものだと言える。
メイン、バックスタンドは2階建てで、ほとんどの座席は屋根に覆われている。座席もゆったりとしていて不便に感じることはない。一方、両サイドスタンド(ゴール裏)は1階席のみで屋根がなく、雨風が直撃することになるので、アウェイゴール裏にいると不公平感をおぼえてしまう。
それでもスタンドから見える風景は極上だ。どの席もピッチ中央に向けて設置されているので、自然と一番アツいプレーが見える。
また、浦和サポーターの観戦スタイルも試合観戦のスパイスとなっている。ほとんどのスタジアムではキーパーと1対1だとかPKだとか、ゴール一歩手前の局面で歓声が上がる。けれど、このスタジアムではその一手前、二手前のプレーに声が上がる。身も心も浦和レッズに捧げたサポーターはサッカーの流れを熟知しているので、我々より早くゴールの匂いを嗅ぎつけられるのだ。
こんな感覚は他のスタジアムでは味わえない。将棋や囲碁の対戦を見ているときに近い、成熟した観戦スタイルが日本各地に伝搬すれば、各クラブのスタジアムは今より1ランク上の存在になるだろう。
スタジアムグルメ
ぶっちゃけて言うと、埼玉スタジアム2002で「これ食っとけ!」という看板メニューはない。ただ、スタジアムグルメのほとんどがアウェイスタンド近くの南ゲートに設置されているため、アウェイサポーターでも気軽に楽しめる空気感がある。アウェイスタンドの閉塞感とは全く逆なので安心して楽しんでいただきたい。
スタジアム近くの飲食に抵抗があるならば、浦和美園駅前のコンビニやイオンが役に立つ。どんなスタンスでスタジアムを訪れたとしても、喉が乾いたり空腹感に悩まされることはないということだ。
蛇足であるけれども、浦和美園駅からスタジアムに向かう道すがらにもいくつかの露店が軒を連ねている。どれもなかなか美味しいので、できれば一度はご賞味いただきたい。
総合点
浦和美園駅は6万人収容のスタジタムの最寄り駅としては脆弱だと言わざるを得ない。スタジアム内も混雑するし、どこでも我慢を強いられる。
それでも、日本サッカーの聖地であることに変わりはない。ワールドカップ予選、浦和レッズのホームゲーム。極上の試合はいつも埼玉スタジアム2002が舞台になっている。その地位は不動のものと言える。
またセレッソのサポーターとしては、2017年のルヴァンカップ、2018年の天皇杯を獲得した聖地でもある。長居から500km離れてはいるが、半ばホームスタジアムのようなものなのだ。
みんな、恐れることはない。埼玉スタジアム2002はセレッソにとっても特別な場所なのだから。蜃気楼の向こうに、最高の世界が待っているんだ。
写真・文:牧落連
※記載内容は記事公開時点での情報に基づいています