ディストピアから、ユートピアへ
令和3年3月28日、Jグリーン堺のS1フィールドにてなでしこリーグ1部開幕戦がおこなわれた。霧雨の滴るJグリーン堺は、いつにも増して息苦しかった。
コロナウイルスは未だ感染者を増やし続け、マスクが手放せない日々が続いている。トップチームでもサポーターがスタジアムに入る際は検温、アルコール消毒をおこなっているが、堺レディースも同様の措置がとられている。
それは別に構わない。問題は、そんな世界に慣れてしまった自分たちにある。
検温する側もされる側も手馴れていて、検温、手の消毒、手荷物検査までの時間がとても早くなっている。観戦する席にはQRコードが貼ってあり、それを読み取ってスマホからクラブに情報を送信するのだけれど、みんなそれが普通であるかのようにふるまっている。
2年前まではありえなかった日常、本当は“非日常”と言うべきそれがスタジアムに満ちていて、とても悲しい気持ちにさせる。
それでも、桜は咲く
けれど、ピッチ上は何も変わりがなかった。ごくごく当たり前に選手が現れ、拍手に応え、試合に向けてテンションを上げていく。今季からキャプテンマークを巻く筒井梨香選手の引き締まった表情、そしてそれぞれの選手の成長を観るだけで、本当の日常に戻れたような気分になった。
百濃実結香選手の大人びた表情や立ち居振る舞い、小山史乃観選手のフィジカル、白垣うの選手の気合の入ったウォームアップ。ただそれを眺めているだけで元気になる。
それは桜の花が人々を幸せにするのとまったく同じで、雨に打たれていても心だけは温かかった。穏やかで、でも、熱い灯火が心の中に生まれていた。
驚くべき成長と、喜ぶべき変化
試合が始まるとサポーターの心はより熱く燃え上がる。主力選手が海外の女子サッカークラブや国内の女子プロリーグ、WEリーグに根こそぎ奪われたというのに、選手もチームも進化していて最高のパフォーマンスを見せてくれた。
白眉なのは小山選手だ。4-2-1-3の左ウイングを任された彼女のスキルは特筆すべきものだった。とんでもないロングフィードをスパイクの先、ほんのわずかなタッチでコントロールし、自分が得意とする間合いにおさめてしまう。バレリーナ以上にトゥ(足先)の使い方が卓越している。
トップチームの坂元達裕選手や、オランダのレジェンド、ヨハン・クライフと比肩する神業をチケット代1,000円だけで観られるなんて、本当におかしい。僕としては、財布に優しくていいんだけれども……。
濃密なスコアレスドロー
話を本筋に戻そう。
小山選手だけではない、ゲームメーカーとして獅子奮迅の活躍をした高和芹夏選手の負けん気の強さ、ケガで2年以上チームを離脱していた善積わらい選手のタフさ、センターバックながら中盤まで攻め上がり、相手の守備陣を混乱させた荻久保優里選手のテクニックとメンタルはスタンディングオベーションに値するものだった。
本当はこの日試合に参加したすべての選手のことを書き記したいのだけれど、くどいのでここまでにしておく。
そうだ、これほど素晴らしい試合なんてない。記録上は単なるスコアレスドローだが、これ以上ワクワクさせてくれる試合はなかったと断言したい。濃厚で、ワクワクドキドキして、ずぶ濡れだってのに楽しくて……。そんな試合に参加できたことを幸せと感じられたのだ。
試合中も試合後も、立って応援したり声を発することはできない決まりになっている。けれど、もしそんなルールがなければ手が腫れ上がるまで拍手をして、声帯が切れるほど声をかけたい、そんな試合だったのだ。
なでしこリーグのコラムを担当するたびに同じことを言っているのだけど、今回も書き記しておきたい。ワールドカップで優勝した国の、未来を担う選手たちのプレーがウソのようなチケット代で観られるなんて今だけだ。
本当にサッカーが好きで、セレッソが好きなら、なでしこリーグにも是非注目してもらいたい。
写真・文:牧落連