ダイナミックプライシングとフレックス価格
昨今のプロスポーツでは、試合によってチケットの価格が変動する「ダイナミックプライシング」を導入しているところが多い。ザックリと言うと観客がたくさん集まりそうな試合はチケット代を高く、そうでもない日はチケット代を低く設定することでチケット収入を安定させる、という仕組みなのだそうだ。
例えば、ヤンマースタジアム長居のセブンイレブンシート(バックスタンド側のピッチすぐ前にある特設席)は通常5,000円~6,000円程度で販売されているが、昨年の大阪ダービーでは10,000円くらいまで値上げされたと記憶している。
今シーズン前半、ヤンマースタジアム長居での試合では「フレックス価格(試合別価格)」という制度が導入されている。これはチケットの価格を3段階に分けたもので、人の集まり具合を予想して値段を変えるという点ではダイナミックプライシングと似た取り組みだ。
ここまで読んで、「単なるチケット代の値上げじゃないか」と憤慨される方もいるだろう。だが少しだけ待ってほしい。ダイナミックプライシングやフレックス価格はサッカー観戦者にとってもメリットのある制度なのだ。
対戦相手は“あの監督”が率いるチーム
チケット価格が高騰するのは「来客数が多い」とみなされる試合であり、それ以外の要素は滅多に含まれない。だから「一部の人にとっては大切な試合だけど、観客が集まりそうにない試合」というものが存在したりする。3月10日の清水戦などはその典型と言えるだろう。
客観的に考えればコロナ禍のウイークデーの、まだ肌寒い初春の試合である。人が来ないことは容易に想像できる。だが、ディープなセレッソサポーターにとっては特別な一戦だったのだ。
清水エスパルスを率いるミゲル・アンヘル・ロティーナは昨年までセレッソの監督を務め、セレッソではなかなか根付かなかった組織的な守備を浸透させた功労者である。
彼のエスパルスと攻撃的なサッカーを目指すレヴィー・クルビのセレッソ、どちらが強いのかその優劣を決める。そんな試合が「客が少ないだろうから」という理由だけでお値段が控えめになるというのは、悪い話ではないだろう。
貸し切りのような優越感
さて、そろそろこの日のレポートに移ろう。
セレッソのクラブスタッフが予想した通り、午後5時前のスタジアム近辺は人影もまばらだった。
しかしながら、スタジアムグルメやグッズ売り場はいつも通り。行列ができるわなかさんのたこ焼きも、本格的なロトロさんの窯焼きピザも、サクッとジューシーな鶴心さんのから揚げも、そう並ばずにゲットできる。
グッズだって選び放題。なんなんだ貸し切りか?という錯覚に陥りそうになる。悪くないぞ平日のゲーム!
試合観戦の際、長時間座ることになる座席もコロナ禍の今は特別仕様だ。観客数が制限されているため、座席は前後左右一席ずつ空席のまま「ソーシャルディスタンス」が保たれている。
ゴール裏中央部やスタンド前方以外は雨の心配のない屋根付き、背もたれ付きのシートで荷物を隣に置いたままゆっくり観戦ができる。
ちなみにJリーグの試合観戦でのクラスター発生は、2021年3月16日時点でゼロだ。
もったいないくらい、いい試合
そうして、目の前では「ミスなどない守備サッカー」と「ミスを恐れぬ攻撃サッカー」の対決がおこなわれた。
清水の先制点は、セレッソのディフェンスラインでの緩慢なパス回しを狙ったものだったし、セレッソの同点弾は開幕戦からスタメン起用が続く19歳、西尾隆矢の気合の入った一撃だった。ともに実に「らしい」ゴールと言える。
決勝点になった清武弘嗣のポレーなんて、まるで芸術品のような一撃だった。ここまで4試合で4ゴールを決めている大久保嘉人がおとりになり、清武へのマークを外したのもまた渋い。
2-1はサッカーとしてはよくあるスコアだけれども、実に濃厚な試合だった。
ダイナミックプライシングやフレックス価格によって「お手頃価格」になる試合でも、人生を変えてしまうような素晴らしい一戦になることがある。平日しか休みがない人たちにとっても、学生にとってもありがたい制度なのだ。
せっかくなのだから、この制度を有効活用しようじゃないか。それもまた、サッカーの楽しみ方だ。
写真・文:牧落連